透析だより
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コルフ博士、透析患者さんと記念撮影(右が私です)人工心臓の説明をされるコルフ博士右側の女性は、透析患者さん 1992年には日本人工臓器学会の福岡公開シンポジウムを主催しました。その際、人工腎臓の開発者であり、人工心臓の開発も手がけられたコルフ博士(人工臓器の父)を米国から招聘し、人工臓器の講演とともに,腎友会の患者さんにもお会いしていただきました。患者さんにとっても記念する日になったと喜んでいただきました。(写真をご覧ください。) 透析医療を長く続けてきた間、久留米大学腎臓内科から当院に森山敦夫先生(現:朝倉市杷木の森山内科院長)を派遣して頂き、奥田誠也名誉教授、現在の深水圭教授には多くのお力添えをいただきました。また、佐藤隆先生は長く勤務していただき、血液透析か福成健一先生、小林愛先生など多くの医師に支えていただいております。新古賀クリニックでは吉戒理香先生、小柳徳明先生に、古賀病院21では岩谷龍治先生から、現在は松本有里子先生をリーダーに若い先生方の育成にもご尽力頂いています。 最初の透析施設は倉庫を改装した10床から始まり、患者数の増加とともに30床、60床と拡張しました。透析可能な施設が少なかった時代は、対馬・筑豊地区・玖珠など遠方からの紹介も多く、車で長距離を通院される方、10年以上入院治療を続けられた方もおられました。その後は施設の整備と医療制度の改正により状況は大きく変化し、古賀病院21の開設、患者送迎の開始、また高齢化に伴う自宅療養や施設入所の増加など、透析を取り巻く環境も変わってきました。現在は、新古賀クリニックと天神町公園跡地との交換により、新古賀病院近接地への新築工事が進んでいます。完成後は急変対応の迅速化、スタッフ連携の強化、利便性向上など、多くのメリットが期待されます。新しい透析室の開設を心待ちにしています。 しかし、治療が進歩しても、患者さん一人ひとりの病状・生活環境・年齢は年々変化します。50年の変遷を知るスタッフは今では私だけとなりましたが、この経験を次の世代に引き継ぎ、皆さんの透析生活(腎不全の生活)を支える役割を続けていきたいと思います。今後も、医師、看護師、臨床工学技士、栄養士、薬剤師、リハビリスタッフ、事務員、送迎・施設職員、介護職員、看護補助者など、チーム全体で皆様の医療を支えてまいります。ら CAPD の導入など大きく貢献されました。その後も2

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