古賀伸彦先生は、1976年(昭和51年)4月に古賀病院(現在の新古賀クリニック)において10床のベッドで透析を開始され、この透析室は10年後には透析患者さん168名、医師を含めたスタッフ48名と大きく成長しました。この10年目を記念して1986年8月に「透析だより」が創刊されました。これは、4人の看護師さん達が「患者さん、そしてスタッフの交流を深めるために肩のこらない情報紙を作りたい」と提案をしてスタートしました。 当時はもちろんパソコンやコピー機などはなく、専用の方眼紙にボールペンで原稿を書き、輪転機(りんてんき)でグルグル手回しをして印刷しました。紙が乾いた後、ホッチキスで製本して出来上がり。絵が得意な看護師さんが可愛い挿絵を描いて、私は当時検査技師として仕事をしていましたので、第2号から「エガちゃん(旧姓:江頭)の検査室」というタイトルで検査の内容などを連載しました。 この当時の透析医療は、まだまだ発展途上で、透析が始まると看護師さん達は気分が悪くなる患者さんの対応に走り回っていました。これは透析液の成分が身体に合わないため、血圧が下がったり吐き気がしたりしたためです。また、透析装置で正確に除水をする機能がなく、陽圧式という方法(手作業)を行い、多量の除水が起きた時に血圧が下がっていました。さらに、骨に大切な薬、貧血に対する薬の研究も進んでおらず、透析の皆さんは食事でも大変ご苦労されていました。その後、1990年代からこれらの薬の改良が急激に進み貧血も改善しました。1992年には国内に先駆けて古賀伸彦先生が「透析液の中に生残する細菌」などを発表され、九州の透析施設を中心に「透析液を清浄化(きれいに)して、透析患者さんの合併症を抑制しよう」という研究が始まりました。 このような透析医療の歴史の中で、私達透析スタッフは「透析だより」を通して、現在の透析治療のことを皆さんに知っていただく、また透析スタッフとの会話が弾むようにスタッフ紹介をしたりする紙面として、これまで継続発刊してきました。 この50年間は透析治療が「救命治療から生活維持・QOL向上へ」の時代でした。今後も皆様が天神会で快適な透析治療を受けていただく一助としてこの「透析だより」を継続いたしますので、ご愛読いただきますよう宜しくお願いします。天神会本部 岩本 ひとみ透析室だより 創刊号 1986年8月11日発行25・・・・・・・・・・・・・・・ Topics ・・・・・・・・・・・・・・・~ 透析だよりの創刊を振り返って ~~ 透析だよりの創刊を振り返って ~~ 透析だよりの創刊を振り返って ~
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